【伊吹山】 滋賀県米原市


■本図は(財)日本地図センター発行の25000段彩・陰影画像を元に作成した。(同センター承認済)
■この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第82号)
※25000段彩・陰影画像は数値地図25000を元に作成されており、本図はその二次利用のため両文併記。

伊吹山/1995年6月17-18日



山頂付近にて、パーティーの仲間たちと。(しじみは右から2人目)

高校時代に所属していた山岳部は、昨日5km走ったかと思えば今日は部室で天気図を描くといった、運動部と文化部の中間のような活動内容でした。

分類上は、運動部ということになっていました。そして、たいていの運動部がそうであるように、山岳部でも春秋2回の県大会があり、夏には全国大会であるインターハイがありました。

このうち県大会は、比良や鈴鹿を縦走したりするので体力的にはそこそこハードですが、踏破時間を争うタイムレースではなかったので、他校の連中とくっちゃべりながら山に登るというおよそ競技らしくない平和なイベントでした。県下全校の山岳部員が50人ぐらいの長蛇の列をなしてのんびり歩くので、他の登山者には迷惑極まりないものだったと思いますが。

大会なので一応優劣をつけられるのですが、各校の評点は火器を安全に扱えるかどうかといったことや、救急箱などの持ち物チェックで決まり、「正露丸の服用期限が切れてるから減点ねー」などといった、およそ頭脳や身体能力に縁のないところで勝敗が分かれました。ズボラなしじみはたいてい持ち物検査に引っかかって、先輩たちに怒られたものでした。

一方、インターハイはタイムレースと読図(地図を読んで決められたルートをたどること)があり、さらに天気図はもちろん救急知識などの頭脳テストもあって、軍事訓練さながらに個体能力と小隊能力を測られる本格的なものでした。

しじみは2年生の時に選抜メンバーに選ばれ、このインターハイ(といっても2次予選)に出場しました。もっともこの選抜メンバーは特に何か優れていたわけではなく、単にカッタルくて大会に出たがらない奴が多くて、消去法で残っただけなんですが。

その年の大会会場が、この伊吹山でした(やっと出てきた!)。1377m、滋賀県最高峰です。これを登山口から頂上まで、20kgの荷物を担いで走って登るという過酷なレース。キャプテンM(これは友人Mとはまた別のMです)と隊員O、H、しじみの4人パーティーは、闘志に燃えて登山口に立ったのでした。

スタートの合図とともに猛然と走り出した我々の隊。そして開始後わずか10分ほどの地点で、先頭のしじみが道を間違えました。キャプテンMをはじめ誰もそのことに気がつきません。みんな走ることに夢中で、ようやく気がついたのは30分ほど後でした。

あわてて引き返しましたがすでに遅し。本道に復帰した時には、大会役員の先生方がコース目印を撤去していました。「キミタチ何やってんだ?もうとっくに終わりだぞ」・・!しじみ達は目の前が真っ暗になりました。

でも、当時17歳、青春まっただ中のしじみたちは、そこでリタイアなんかしませんでした。記録なんて関係ない!俺たちは山頂まで走り続けるんだーー!!
(この純粋さを僕はどこで落としてきたのだろう・・byしじみ26歳)

キャプテンM「ファイトーー!」 隊員たち「いっぱーつ!」
キャプテンM「さんがくぶー!」 隊員たち「登る!下る!登る!下る!」
キャプテンM「やまおとこー!」 隊員たち「やまおんなー!」

部の伝統である意味不明のかけ声で士気を高めつつ、ついに山頂へゴールイン。ダントツ最下位(というか記録外)ではありますが、本当にそんなのはどうでもいいことでした。吹き渡る風が心地よかったです。


山頂にて。(それにしてもダサいカッコだなあ・・)

その日はそのまま各校とも山腹のキャンプ場でテント泊。この時、夕方から荒天となって強風が吹き下ろしたため、風通しの良いところに立っていたM高校のテントが荷物ごと飛ばされるという珍事が発生しました。M高校はこれで大減点となり、我々に最下位脱出のチャンスが巡ってきました。

しかし喜んだのもつかの間。就寝時、男4人がすし詰めになったテントは非常に蒸し暑く、寝つけない隊員Hがうっかり「暑いー、限界じゃー」と叫んだのですが、これが運悪く巡回の先生に聞こえてしまい、「うるさい」とのことでまた減点されてしまったのです。ボヤキで減点なんて、どこがインターハイ競技だ・・。

翌日。気を取り直して天気図と救急テストに挑んだ我々は、思いのほか高得点をたたき出し、結局終わってみれば12校中9位。「やっぱ俺たち頭脳派だよな」とふんぞりかえったのですが、顧問の先生に「頭脳派ならまずコース間違うな」と至極もっともな意見をいただき、ヒヨッコハイカーとしての身の丈を思い知らされたのでした・・。オシマイ。

※それから8年後、25歳になったしじみはふと思い立って再び伊吹山に挑んだのですが、途中でバテバテになり、なんと3合目でリタイア。翌日風邪をひいてダウンしたことから、たまたま体調が悪かったということにしているのですが・・もう若くないのでしょうか。<おい
ちなみにその後の再挑戦ではゴンドラで3合目まで行き、残り7合の登山には成功しました。でも怖くて10合制覇にはまだ挑戦できません。枯れるにはまだ早い、まずは筋トレでビール腹をへこませなきゃ・・。

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