すっかり日が暮れた幕営の夜。暑さがひいてようやくウトウトした頃、突然けたたましい金切り声が静寂を裂きました。
「ハウーッ!ホウーッ!」「ホウーッ!ハウーッ!」
断続的に聞こえる獣の鳴き声。続いてガサガサと木の枝をゆする音。どうやらサルの群れのようです。ひょっとしたら我々がテントを立てた場所はサルの集会所だったのかもしれません。彼らの発するカン高い鳴き声は、「集会所になんか得体のしれんもんがあるから気ぃつけやー」という仲間同士の警告のように聞こえました。関西弁かどうかは知りませんが。
そのうちどっかに立ち去るかと思ったんですが(サルだけに)、逃げるどころか、音は徐々に近づいてきます。カサコソとテントの周囲を歩き回る音まで聞こえてきました。こうなると完全にサルたちがギャラリーで、我々の方がオリの中の動物気分です。
そこで気になったのが、テントの外に出していたザック。テントが2人用の小型のものだったため、内部スペースを確保するために、邪魔なザックは外に置いていたのです。こんな縦走路のど真ん中で物盗りもないだろうと、雨よけにツェルトをかぶせただけで放り出されているザック。それが今、サルに囲まれています。
この夜は湿度の高い熱帯夜だったため、我々はTシャツにトランクス一丁という超ラフな格好で寝ていました。そして翌朝はくズボンさえも、テントの外、ザックの上に広げていたのです。
よく考えてみたら、サルにこのズボンをとられたが最後、我々は破滅です。トランクス一丁で笹ヤブの茂る縦走路を走破し(ひっかき傷&ヒルだらけになること間違いなし)、さらに御在所山上公園で衆人環視にさらされ、変態扱いされ警察に通報されて、二度と人生の表街道を歩めなくなるに違いありません。
ザックに食糧は入ってないから荒らされることはあるまい、という希望的観測はしていたものの、しじみたちの脳裏にはサルがズボンをかぶって逃げていく光景が浮かんではなれず、ときおりガサゴソ聞こえるサルの足音に神経を奪われて、ついに一晩中まんじりともできなかったのでした。
空が白みはじめた頃、ようやくサルたちはいなくなりました。テントからはい出してみると、幸いなことにザックが荒らされた形跡はなく、ほっとしました。なんだかもう眠る気も失せ、朝の涼しいうちに行動した方が良いこともあって、早々と起床です。
カロリーメイトをなけなしの水で胃に流し込み、三池岳でおじさんにあげなかったとっときのゼリーを食べました。テントをたたんで、濃霧に包まれた笹ヤブの道を再び出発です。
まずは軽い登り。登りきったところで稜線を少し外れれば水晶岳というピークが踏めるのですが、我々はもちろんスルーしました。もはや余裕のカケラもありません。
その後は激しい下りです。下りきればまた激登りが待っていることを知っている我々は、「位置エネルギーが失われていく〜」などとぼやきながらしぶしぶ下りました。
この下りのどん底が根の平峠です。当初予定ではここで稜線を外れてクラシ谷方面に水を汲みにいく予定でしたが、手持ちの水でゴールまでギリギリもつと考えた我々は、このまま縦走を続行することにしました。
激登りに備えて、峠でちょっと一休み。Mが個人で持ってきていたスポーツドリンクをうまそうに飲むのを見て、しじみは軽い殺意をおぼえました(別に彼は何も悪くないんだけど・・)。前日からろくなものを食べていないため、しじみは(Mもだけど)糖分にも塩分にも極端に飢えていたのです。御在所山上公園にたどり着けばジュースや食べ物にありつける。そう信じてジュースジュースと念仏のようにつぶやきながら、国見岳までの高低差約370mの登りを、疲れた体にムチうって歩きました。
国見岳に着いた時にはもうフラフラ。残り少ないのも構わず水をガブ飲みし、岩にもたれてしばし放心です。比較的元気なMが、しじみを励ますつもりで地図を見て残りのルートを解説しはじめました。
「もうあと1キロぐらいや。高低差でいうと・・」
「いうなー!」
しじみさん突然キレました。( ^-^;)
高低差の数値を聞いてしまうと余計しんどくなると思ってさえぎったのですが、かなり辛辣に聞こえたらしく、この出来事は「しじみブチギレ事件」として後々までMに語り継がれることになりました。こらえ性のない子でごめんなさい。
ラストスパートと自分に言い聞かせて、ふらつく足で岩場を越え、国見峠に下ります。峠で今日初めてのハイカーに遭遇。初老の夫婦でしたが、泥人形のような我々を見てびびっておられ、こわばった笑顔ですれ違っていかれました。
そしてようやく、御在所ロープウェイの施設が見え、それが次第に近づいてきました。10:00、ついに御在所山上公園にゴールです。
観光客の奇異の視線を浴びながら、さっそく自販機にはりついてジュースとコーヒーを連続一気飲み。塩分が欠乏しているせいか、何を飲んでも塩辛く感じるというかなりヤバイ味覚になっていたことをおぼえています。
お次は食べ物です。「こんな泥まみれの格好で食堂に入りたくない」と嫌がるMを放っておいて、人としての尊厳をとっくに失っているしじみは食堂に入りました。しかし「11時まではドリンクメニューのみなんですよ」と言われて悪態をつきながら撤退。失意のしじみの耳に、屋台のシャッターの上がる音がとびこんできました。
「焼き鳥」「フランクフルト」「みたらし団子」・・これらの文字があんなに輝いて見えた時はありません。各2串ずつ、計6本も買ってほとんど全部一人で食べてしまいました。屋台のおじさんのあきれ顔が印象的でした。Mは他人のふりをしていました。
その後、武平峠から鈴鹿スカイラインに降り、車に乗って石榑峠の車も回収して、家路につきました。後から思えば、鈴鹿スペシャルでのテント泊縦走はこれが最初で最後。様々な教訓を得た登山でした。
<教訓>
- 水は生命線なので、必ず水場にたどり着けるようにコースを設定すること。非常食も水がなければ咀嚼できず食べられない。
- どんな山奥でも、荷物はできるだけ全部テントにしまうこと。獣や風が意外にうるさいので、耳栓を常備すること。
- カロリーメイトのようなものだけでは、腹はふくれても各種栄養が足りないため、疲労が早い。ビタミンや塩分をしっかりとれる食糧計画にしておくこと。
- 栄養が足りなくなるとキレやすくなるので言動に注意すること。
Mおよび山上公園の皆様、
あさましい姿を見せてごめんなさい・・m(- -)m